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東京高等裁判所 昭和57年(う)704号 判決

被告人 小沢敏美こと野呂敏美

昭九・四・二五生 会社役員

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山城昌巳及び被告人が提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官秋田清夫が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人の控訴趣意第一、第二(法令適用の誤り)、被告人の控訴趣意一、二、七(法令適用の誤り、事実誤認)の各論旨について

所論は、要するに、原判決は、株式会社日本住宅総合センター(以下「センター」という)が行なつていた本件マンシヨン共同経営方式による金銭の受け入れ行為について、預金・貯金等と同じ経済的性質を有するかどうかの検討をすることなく、顧客の利殖目的とセンター側の顧客勧誘の宣伝文句をもつて、短絡的にこれを出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(以下「出資法」という)二条一、二項にいう預り金と認定したけれども、本件におけるマンシヨンの売買・賃貸借・仮登記という契約関係は実体を有するものであつて、これに基づく本件金銭の受け入れは、預金等と同様の経済的性質を有するとは考えられないから、原判決には、同条項の解釈を誤り、もしくは事実を誤認した違法があると主張する。

しかし、原判決のかかげる証拠によれば、原判決が、本件金銭の受け入れ行為が出資法二条一、二項にいう預り金にあたる旨認定したのは相当であり、所論にかんがみ記録及び証拠物を精査しても、原判決に所論のような事実誤認ないし法令解釈適用の誤りがあるとは考えられない。原判決が、「争点についての判断」と題して説示するところは相当であると認められるが、以下、本件契約の実質、本件受け入れ金銭の性質について、若干補足する。

1  まず、以下の事実については、被告人も特に争つておらず、関係証拠からも疑いないと認められる。

センターは、昭和四二年一二月不動産の売買、仲介、管理等の業務を営む会社として資本金五〇〇万円(その後二〇〇〇万円に増資)で設立され、代表取締役として佐久間敏夫、渡辺澄男が就任し、昭和四三年七月からは従来取締役であつた山下重光が、昭和四四年一月からは原審弁論分離前の相被告人であつた大矢忠が代表取締役を引き継いだ。大阪府警が本件につき強制捜査に乗り出した昭和四五年五月当時、センターの社員は、本社約一一〇名、大阪支店約四四名であつた。被告人は、昭和四四年三月、別会社のかつての上司で当時センターの経営に関与していた原審弁論分離前の相被告人である津田貴夫こと崔敏圭(原審審理中死亡)から誘われてセンターに入社し、一般庶務・人事や客との間で成立した契約関係の事務等を扱う総務部総務課の課長となり、昭和四五年二月には大阪支店長となつた。センターは、当初、自力でマンシヨンを建設して分譲するほどの資力もなかつたため、他社物件を依託販売したり、同じく他社物件を賃借し、これを入居希望の客に対し保証金をとつて賃貸したりしていたほか、マンシヨン経営(以下「マン経」という)なる営業も行なつていた。センターが客と取り交わした建物売買・賃貸借契約証書(当初は、分譲住宅売買契約証書と建物賃貸借契約書の二通になつていた)の記載等によれば、マン経とは、センターが他社から買い受けて所有する分譲マンシヨンの一戸について、客が提供する金銭(原則として三〇万円以上)を売買代金として右代金相当の持分を客に対し買戻特約付で売買し、センターが右金銭を受け入れると同時に、右物件につき転貸承諾のもとにセンターが客から三年間賃借し、右期間中右金銭に対する月一・二ないし一・四パーセントの割合の金員を賃料として客に支払うが(客にとつては、この賃料がマン経の利得となる)、右賃貸借期間終了時に客の方から買戻請求があれば、センターは右物件の買戻に応じて右代金と同額を客に返還しなければならず、右期間途中の解約も可能であり、さらに右期間中右物件について客名義の登記をつけるというものであつた。右マン経には、複数の客が共同でマンシヨン経営する場合(以下「共同マン経」という)と一名の客が当該部屋につき単独でマンシヨン経営する場合とがあつた。センターは、マン経について、「新時代の利殖法、一口三〇万円以上の共同投資によりマンシヨンの共同経営、投資家には登記により元本絶対安全、年一割四分四厘の高配当保証」、「あなたは希望の額を投資するだけ。登記をもらい毎月銀行を通じて家賃が入金になるのを楽しみに待つて下さい」、「三〇万円で毎月三六〇〇円と元金が保証される投資がマンシヨン経営です」などという内容の新聞折込広告やパンフレツト、テキスト等を作成して新聞に折込広告をするなどして広く大衆に頒布し、また同旨の宣伝を週刊誌、テレビ等でも大々的に行ない、一般大衆から金銭提供者を募つたうえ、応募してきた客との間で、昭和四二年一二月ころから本件検挙時の昭和四五年五月二六日ころまでの間に、前後一六〇〇回余にわたり、累計一一億円余という多額の金銭を受け入れており、共同マン経がセンターの中心業務の観を呈していた。また、ほとんどの客に対しては、客の費用で売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記手続を了し、その登記済権利証を交付していたが、右権利証には仮登記の順位番号の記載はなく、客は、右権利証からは、同一物件に他の客の仮登記が何個ついているかはわからなかつた。センターは、同年七月八日破産宣告を受けた。

2  ところで、前記契約書の記載のほか、契約書中に物件の表示として「○○マンシヨン○○号室(当該物件の持分)」との記載もあることから、一見本件共同マン経の契約(本件起訴分はすべて共同マン経である)が、マンシヨンの共有持分の買戻付譲渡及び賃貸借であると考えられないでもない。

しかし、関係証拠によると、契約書には、そもそも当該マンシヨン一戸の販売価格・賃料、共同経営者名、共有持分の割合等について記載する欄がないのは勿論、これらに関する記載も全くなく、客との契約のさいもセンター側が右の点を具体的に説明したような事情も窺われないし、センターでは、共同マン経対象物件について、その一戸分の価格の点を考慮することなく、応募客が適宜提供する金銭を無制約に受け入れており、約三〇件のマン経物件のうち、一物件に一〇〇個以上の仮登記をつけたものが五件もあるほか、全マン経物件の平均をみても物件価格の数倍もの金銭を受領していたのであり、特に、フラワーマンシヨン一〇六号室については、センターの帳簿価格が四四〇万円(取得価格は三二五万円)であるのに、客との間で前後一七一回、代金累計一億二三三万円余のマン経の契約を結び、そのうちの一五四回については仮登記の契約も締結して一億九八〇万円の金銭を受け入れ、現実に一五二個の仮登記をつけていること(証拠略)が明らかであり、これらのことは、例えば、一戸あたりの価格が四〇〇万円のマンシヨンについて、客が各三〇万円を提供した場合、客が二〇人ついた時と四〇人ついた時とでは、提供金が同額であるのに、前者では共有持分が二〇分の一、後者では四〇分の一という不合理が生ずることからもわかるように、本件契約が真実共有持分を譲渡(売買)することを前提としていないことを強く窺わせるものといえる(真実共有持分を移転させるのであれば、客に対し持分の割合を明示し、客もこの点に重大な関心を寄せるのが当然である)。また、契約書中には、売買代金総額として客の提供する金額を表示したうえで、右売買代金全額の支払をすると同時に、物件の所有権を移転し、且つ、その登記手続をする旨の条項が存在するけれども、現実には、本登記手続をするのに何ら障害がないと思われるのに、共有持分についての移転の本登記手続がされたことは全くなく(証拠略)、客との契約書の条項とも相違して売買予約を原因とする仮登記をしたに留まつている。また、本件賃貸借契約についてみると、通常の不動産賃貸借の場合と異なり、借主であるセンターが修繕義務、公租公課を負担するとされているほか、賃料の決定方法も、マンシヨンの立地条件、部屋の広狭、仕様等に相応して自ずと決定される額ではなく、客の提供する売買代金に対する一定割合の金額とされていて、あたかも利息のような感を呈し、しかも、マンシヨン一戸分について契約された売買代金の合計が多ければ多いほど、これに応じて一戸分の賃料総額も高くなり、通常の賃料相場よりもはるかに超え、第三者に転貸して賃料の収益をあげ、これを分配するという共同マン経の本来の意味は名ばかりのものになつているのであつて、マンシヨンの使用に対する対価とは到底いいがたい。さらに、センターの出したパンフレツト等には元本保証との説明があるけれども、本来売買契約において元本保証ということはありえず、元本保証とは、もともと返還することを前提とした貸借や寄託契約において用いられる観念である。ちなみに、センターの破産宣告後、センターの財産、営業内容等を調査した破産管財人上野久徳作成の前記報告文書によると、本件マン経の契約は、実質は単なる投資であつて、所有権移転の実質を持たないとされている。

3  次に、本件契約時の客の考えについてみると、関係証拠によれば、前記広告等に応募してきた共同マン経の客は、いずれも、マンシヨンの時価、共同経営者の名前、共有持分の割合、その本登記手続等について関心がなく、もつぱら銀行預金等よりも格段に有利な利率の金銭の給付が受けられるうえ、出捐した金銭の元本返還も登記により保証されているということに魅力を感じ、利殖目的で投資したものであること、したがつて、客の方には、マンシヨンを他の客と共同で買い取るという気持はなく、売買・賃貸借契約は、出捐した金銭について配当を得るための形式的、名目的なものと考えていたことが明らかである。

4  また、センターの側について検討してみると、関係証拠によれば、センターの営業課員は、直接客に対し、前示のような内容のパンフレツト等に基づき、高利廻りと元本保証を強調して勧誘していたし、センターでは、客から受け入れた金銭を「預り金」として会計処理していたうえ、マン経について幹部社員らがどのように理解していたかについては、例えば、このシステムを日本建設協会から持ち込んでセンターを設立した一人であつた前示元代表取締役山下重光は、「何人かが共同で買うというのではなく、会社の方が個々の建物を客に振り分けるという方法である。マン経で資金を調達し、マンシヨンの建設にまわすということでやつてきた」旨(証拠略)、同じく警察の手入れ当時の代表取締役の大矢忠も、「売買・賃貸借というのは形式、名目であつて、実際は会社の事業の運転資金を得るためであり、マン経は預り金である。自分らは、「預金、預金」といつていた」旨(証拠略)、前記山下とともにマン経システムをセンターに持ち込み、営業の責任者となつた三股晃も、客の方はマンシヨンを買うということなのか、投資なのかと聞かれて、「お客さんの方は多分投資でしよう。入居するという意思は毛頭なかつた」旨(証拠略)、弁理士の資格があつて一時センターの監査役をやつていた荒川保男も、「客の実質的な意思を推し量つてみれば、ただ投資の目的でやつていると受け取れる面があつた」旨(証拠略)、被告人から誘われて入社し、センターの総務課長代理であつた木下照雄も、端的に、「出資に対して利息がつくということ」である旨(証拠略)、いずれも同趣旨の説明をしているし、センターに昭和四三年三月ころ入社して経理部門の責任者となり、昭和四五年五月当時取締役で総務部次長の地位にあつた原審相被告人牛沢義人も、検察官に対し、「契約書の面ではマンシヨンの部屋の売買と賃貸借の契約を取り交わしたように表向きになつているわけですが、それはあくまでもそういう形式をとつているものにすぎません。形式上買主となつている一口三〇万円以上の金の預け主は、実際にはそのマンシヨンの部屋そのものを買い取るのだというつもりもないし、そのマンシヨンの部屋の所有者になるというつもりもないと思います。一方、センターの側においても、そういう形式をとつているだけで真実はその物件そのものを売ろうという気持はないのです。物件に仮登記をつけるということで客を安心させ、担保がいかにもあるというふうに見せかける手段なのです。預け主の方は、このマンシヨンの部屋について、他の投資者が誰か、その物件に何人の者が一体いくらの金を出しているのかということを全然知らない筈です。というのは、そもそもそういうことを客に対してはいわないのです。センターのセールスマン自体にもその辺がどうなつているのかということは教えていないのです」など供述し(証拠略)、さらに、被告人自身も、検察官に対し、「一般の客から金を預かつて利子を配当するということは、何かの法律違反になるだろうと思つていました。それで、この法律に触れないようにマンシヨンの部屋をお客に一遍売り渡したことにし、それを会社がお客から借りたことにし、その部屋の売買代金に対して月一分二厘ないし四厘の割合に相当する賃料を払うという形式を取るのだろうと思いました」(証拠略)、「マンシヨンの部屋について仮登記をするという形をとると元金が保証されるものと客が安心して金を出すからだと思つていました」、「会社は、共同経営の客に対しマンシヨンの部屋を売ろうとするつもりはないのだということがわかりました」、「マンシヨンの共同経営ということで会社に金を出した人達には、会社からマンシヨンの部屋を買い取り、この部屋を他の出金者や会社と共にマンシヨン経営をするという気持はなかつたと思います」(証拠略)などと供述しているのである。

5  以上を総合すれば、本件契約は、マンシヨンの買戻特約付売買契約・賃貸借契約の形式をとつてはいるけれども、その実質は、所有権(共有持分)の譲渡ではなく、主として客のために、金銭の価額を一定期間後に返還すること及びこれに対し一定の割合の金銭も支払うことを約束したうえでの金銭の受け入れ契約であり、右金銭の返還債務を一応担保するものとして所有権移転請求権の仮登記手続を行なつたものと認められるうえ、客もセンターも、共に、真実は右のような趣旨の金銭の受け入れであることを承知しながら、敢えてこれと異なる虚偽の売買・賃貸借契約を仮装したと認めるのが相当である。そして、前示のように、センターは、会社の営業として広くマン経を喧伝し、応募してきた多数の一般大衆との間に反覆・継続して本件共同マン経の契約を締結したのであるから、本件金銭の受け入れは、結局、出資法二条二項にいう不特定且つ多数の者からの金銭の受け入れで、預金・貯金等と同様の経済的性質を有するもの、即ち、預り金であるということができ、かつ、センターは、それを業として行なつたものと認めるに十分である(本件多数の客の中に、マンシヨンの共有持分を取得してマン経を行なうという考えの客がいたとしても、それは極く少数であり、前示のように客観的契約内容は売買とは認められないばかりか、その客の主たる目的はやはり利殖にあつたと考えられるから、授受された金銭の性質はやはり前同様に考えられ、本件を預り金と認めるに何ら妨げとはならないと思われる)。なお、本件において、センターも客も、前示のように元本返遷につき担保的機能を有するものとして仮登記を一応有効なものと考えていたから(但し、同一物件に物件価格を大幅に上まわる多数の仮登記がついている場合、その現実の担保的効果は甚だ疑問である)、この仮登記については通謀のうえ仮装されたものとまではいいがたい。また、預り金として受け入れた金銭について、センターがその中途からこれを自社マンシヨン建設のために投資していた経緯があり、さらに共同マン経の客の中には将来分譲マンシヨンを現実に購入する希望の者もなかつたわけではないけれども、本件契約自体は、マンシヨン建設や分譲マンシヨン購入を直接の内容とするものではないから、これらが前記のような本件受け入れ金銭の性質決定に影響を及ぼすものとはいえないし、預り金という以上、当然、構成要件として元本の返還ないし保証を前提としていることはいうまでもない。原判決が、本件金銭の受け入れを預り金と認定、判断したのは相当であり、原判決に所論のような事実誤認、法令適用の誤りはない(なお、後記のように、被告人に預り金についての犯意があつたことも十分に肯認できる)。各論旨はいずれも理由がない。

二  弁護人の控訴趣意第三、被告人の控訴趣意三、五、六の各論旨(いずれも事実誤認)について

弁護人の所論は、要するに、被告人は、社長・専務その他の取締役の場合と異なり、センターでは総務課長、大阪支店長という一般の従業員にすぎなかつたから、会社業務の一部分を分担した行為が業として預り金をしたことにはならず、したがつて被告人には出資法二条の行為主体該当性がないのに、これを肯定した原判決には事実誤認があるというのであり、被告人の所論は、要するに、被告人は、本件行為について、センターの幹部らと共謀していないし、被告人には違法性の認識もなかつたのに、原判決が任意性のない被告人の捜査官に対する自白調書を採用するなどして右共謀及び違法性の認識の各存在を認めたのは、事実を誤認したものである、というのである。

しかし、本件において、業として預り金を受け入れたのはセンターであり、出資法一三条一項に明らかなように、センターの従業員である被告人もセンターの業務に関し同法所定の違反行為(業としての預り金)に該当する事実行為をしたときは処罰されると考えられるところ、前示のように、被告人は、昭和四四年三月センターに入社以後、総務課長として、昭和四五年二月からは大阪支店長としてセンターの業務に従事し、センターが会社の営業として反覆・継続して多数回行なつてきた預り金の行為に関与してきたこと、関係証拠によれば、総務課では、マン経に関し、営業課員が客と締結した契約書の集約・管理、日計表や顧客原簿の作成・保管、客への毎月の配当金の計算、銀行への振込依頼書の作成、仮登記手続等の事務を行なつており(証拠略)、被告人は、その直接の責任者の地位にあつて、その事務を統括していたうえ、総務関係では前記牛沢に次ぐ枢要な地位にあつてセンターの株を割り当てられ、代表取締役以下の幹部で構成する幹部会にも出席し(証拠略)、禀議書による重要事項の決定にも参画しており(証拠略)、さらに(証拠略)によると、センターの実力者であつた崔から五城開発を吸収したいという話が大矢にあつたとき、同人が幹部社員として相談したのは、牛沢と被告人くらいのものであつたような事情も存在すること、大阪支店長としても、支店の最高責任者として支店従業員を指揮・監督して積極的にマン経業務を含む同支店の営業を推進し、その業務全般を統括していたこと、また、(証拠略)によれば、同一物件に余りにも多くのマン経が成立して仮登記の多いことがセンター営業課員の間でしばしば問題となつており、正常な形でない旨幹部にも意見具申されていたこと(証拠略)によると、登記所に仮登記申請書類を持参する係の者が登記所の職員から「お前のところはばかに仮登記が多いんだな」といわれたことがあり、総務課員の木下が被告人及び牛沢に対し仮登記が多いのはまずい旨意見を述べたこと、(証拠略)によると、右のさい大矢は、正常ではないと思い、牛沢、崔らと相談し、また総務課の者らとも話をして善後策を考えたこと、牛沢も、(証拠略)において、「幹部連中は私同様違反するということを皆承知していたことであると思います。……皆まともな資金集めでないということをよくわかつていたと思います。面と向かつてこの預り金は法律に違反するということを幹部連中が口に出すのを最初の内は皆はばかつていたのも事実です。しかし内心では皆承知していたのですが、分譲マンシヨンの方へ事業を進めることを期待し資金繰りのためにずるずると引続いてこの預り金を集めて来たのです」と供述していること、被告人自身、(証拠略)において、入社後二週間もして一つの物件にマン経が数十名も競合している点なども十分にわかつた旨供述しているうえ、(証拠略)によると、被告人もマン経の内容に疑問を感じ、崔に対し、「マン経という営業方法は大丈夫ですか」とたずねたことがあり、同人から、「よその会社でもやつている、マンシヨンをどんどん建ててマン経の部屋をそちらに転換していく」との説明を得たけれども、なお、被告人は疑問を拭い去ることができないでいたことが明らかである。

このような事情のほか、前記預り金認定のさい説示した事情をも合わせ考慮すれば、被告人は、前示のようなマン経の実態を十分に知りながら、センターを経営する山下、大矢、崔、牛沢らに次ぐ枢要な地位にあつて、同人らと一緒に積極的にマン経の営業を推進したものであつて、センターが前記のように業として預り金をしたさい(但し、被告人の公訴事実は、入社約二か月後の昭和四四年五月二五日ころからのものである)、右幹部らと意を相通じて共謀のうえ、右違反行為の事実行為を行なつていたことを認めるに十分であり、また、そのさい、被告人がその犯意を有し、右金銭の受け入れが違法なものであることを認識していた点も優に認められる。

なお、被告人の所論中には、被告人の捜査官に対する自白調書の任意性を否定する部分もあるけれども、(証拠略)によると、被告人は、勾留、その延長、略式起訴について捜査官から度々利益誘導を受けたというにもかかわらず、結局期待を裏切られて略式起訴にもならずに公判請求されたため、腹の中がにえくり返るほど捜査官に対し強い不信感を抱いたというのに、その後の保釈中の(証拠略)では、従前と同様に本件預り金の事実を認める供述をしていることなどに徴し、任意性を争う被告人の原審供述部分は到底そのまま措信しがたく、任意性についての所論は採用し得ない。また、牛沢の検察官調書についても、同人は逮捕直後の司法警察員の弁解録取以後終始一貫して犯行を自白しているのであり、特にその任意性に疑いをいれるに足りるような事情は窺いがたい。そして、被告人、牛沢の右捜査供述全体の信用性も低くはないと認められる。以上、行為主体該当性、共謀、違法の認識について原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。各論旨はいずれも理由がない。

三  被告人の控訴趣意四の論旨(事実誤認)について

所論は、要するに、本件行為のさい被告人には他の適法な行為に出ることが期待できなかつたから、これを否定した原判決には事実誤認があると主張する。

しかし、すでに明らかなように、被告人は、総務課長、大阪支店長として他の幹部と共謀のうえ、積極的に本件行為に出ているのであり、センターでの地位・立場、経歴・能力、他の幹部との関係等に徴し、当時被告人が他の適法な行為に出ることが期待できなかつたとは到底いえない。これと同旨の判断を示した原判決が、期待可能性について事実を誤認したものとは考えられない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑訴法一八一条一項本文により当審における訴訟費用の全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 船田三雄 櫛淵理 中西武夫)

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